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和真クリニック  自立自尊の健康人生

武術との出会いと遍歴
医師免許をもった私がなぜ武術に興味を持ったのか。その遍歴をつれづれなるままに書き残しました

「武術との出会いと遍歴 その2」 医療の2大原則とリハビリ

 

 私も一応西洋医学を学び、医師免許を持って仕事をしており、特に人付き合いも良いわけでも無く、どちらかというと人付き合いが苦手で、特に趣味もなく、無芸大食で、生来の面倒くさがり、出不精でなおかつ神経質で内気でという性癖であり、記銘力は抜群に悪く、忘却力は抜群に良いという能力の持ち主であった。自分自身が何か強くなりたいとか、何か技を身につけたいとか、積極的にこうしたい、こうなりたいというようなことではなかった。

 ただ、悩み苦しんでいる人は、もう診たくない。出来たら、少しずつでも、長期的に、真にその辛い状態から改善、回復して入って欲しいというただそれだけの願いと思いだけだった。自分にとって辛い、嫌なことは嫌だという事だけであった。医者をやっている限りは辛い人と向き合うしか無い、医者を辞めようかと思った時もあり、実際その局面を迎え、選択せざるを得ず、やはりこの道に踏みとどまるしか無く開業することになった。そして、少しでも嫌なことをしないで済むようにと、その実現にむけて開業当初、私の出来る事としては、非常に単純な次の大原則だけであった。

 1.治りたいと来院される方に対して、その自己治癒力を引き出すために、まずは、その人のからだ(身・心)に害を与えない。余計なことは一切しない。

 2.その人のからだ(身・心)の機能、能力を引き出す手伝いをする

 この2大原則は、従来学ばされ、国家資格で許可され、実施出来る医療保険制度、すなわち保険診療では、出来ない事だとそれまでの勤務医時代に苦しんでくる方々からさんざん思い知らさ、学ばされ、教わり、構築された方法手段と成果が、先に紹介した2冊の図書に紹介した内容であった。

 これでも西洋医学の医者の端くれで有り、いきなり武術に手を出したのでは無い。出せるはずが無かった。

最初は、西洋医学を学んだお医者様らしく、医者とは、医療とはなにか? 何をすればよいのか? 国家資格を持ったプロとして何をどうしたら良いのか? 

医者の免許をもって、何十年か経って、不惑の年を過ぎてから初めて悩み、迷い、苦しむようになった。

 それで、学生の時見た覚えのある医師法に当たってみた。きちんと医師の本分が書かれたあった。

第1条の2 医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし、医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係に基づき、及び医療を受ける者の心身の状況に応じて行われるとともに、その内容は、単に治療のみならず、疾病の予防のための措置及びリハビリテーションを含む良質かつ適切なものでなければならない。

2 医療は、国民自らの健康の保持増進のための努力を基礎として、医療を受ける者の意向を十分に尊重し、病院、診療所、介護老人保健施設、調剤を実施する薬局その他の医療を提供する施設(以下「医療提供施設」という。)、医療を受ける者の居宅等において、医療提供施設の機能(以下「医療機能」という。)に応じ効率的に、かつ、福祉サービスその他の関連するサービスとの有機的な連携を図りつつ提供されなければならない。

 やはり、どこにも、人に対して害を与えることをしろとは書いていない。

 また、面倒なことに、医療を受ける者との信頼関係に基づき、及び医療を受ける者の心身の状況に応じてとある。これなど、自分にとっては面倒極まりない大の苦手な部分で有り、触れたくない超やっかいな部分だ!

でも、どうやらそれをしないと行けないらしいと思う反面、現実として実際の臨床場面で真にその人の自己治癒力をこちらが相手構わず勝手に引き出せるわけは無いことは思い知らされていた。本人にその氣が無いのにその能力を引き出すことは至難の業で有り、精々、その人自身あるいは家族の意向を受け入れて多少の手伝いが出来るのが関の山だと思い知らされていた。ましてや、自分が人を治すなどとんでもないと。

 治療のみならず、リハビリを含む良質かつ適切なことをしろと書かれている。治療は、これまでも治療として、保険診療では評価されない、保険点数がもらえないような方法手段でやって来た事もある。

 リハビリテーションという言葉も出てきている。治療のみならず、リハビリテーションとな。

リハビリって何だと不勉強の自分は思った。

それで、困った時の人頼み、図書頼み、上田敏著「リハビリテーションの医学の世界」

を見てみた。

361頁にわたって色々と書いてある。そして、その意味も114頁に書かれたあった。

 

「障害を持つことが人間らしく生きることを困難にし、人間の尊厳を傷つけるものであるという認識に立って、「人間らしく生きる権利の回復」、すなわち「全人間的復権」こそが必要であることを意味していると。

また、その目的、障害を持つ人の「全人間的復権」は、必ずしも肢体の運動障害を持つ人にのみ必要なものではない。精神障害者にとっても、視覚障害者・聴覚障害者にとっても、その他の疾患による「内部障害者」にとっても、このように広い意味でのリハビリテーションの理念が適用されねばならない。

さらに、将来はむしろあらゆる慢性疾患、難治性の疾患をはじめとして、多少とも持続的な障害を引き起こすおそれのある疾患のすべてについてリハビリテーションが必要であると書かれたあった。

 このことが何を意味し、どういうことなのかは当時は思いもしなかったことであったが、後々思い知ることとなる。

 さらにさらに、目標と目的ということで、リハビリテーション(全人間的復権)という目的に達するためにその中間段階で達成すべきものを目標と呼ぶのである。

目標は具体的な点であり、目的は複数の目標(点)が連続して向かう方向の先にある、到達したい状態である。と述べられている。

 そして、医療で用いられている「問題指向」から「目標指向」へという事も述べられていた。

 それ以上その内容に触れないが、当時はなかなか実感出来ず、何のことかという感じの内容であったが今改めて読み直してみると、今ならなるほどと思うこと、今更ながらそういうことだったかと思うこと、今後に向けて示唆に富んだことが盛りだくさん述べられている。

 だが、当時は単なる治療(内科的には薬物療法)には限界を感じていたので、そうでは無い方法、治療概念を模索しており、一応は聞き知っていたリハビリという概念と目的を再認識してそうだよなと思う反面、全人間的復権という思いもよらない日本語訳に、さらにどういうこと、具体的には何をすればよいのと思った。

 この全人間的復権という言葉から流れは大きく2つに分かれることとなる。実際は同時多発並列相互に関連し合いあちこちなのだが、言葉で書いて説明するとなると直列的な感じになってしまう。

1つは医学関連の流れと、もう1つはいよいよ武術系に向けての流れが始まる。

武術との出会いと遍歴
医師免許をもった私がなぜ武術に興味を持ったのか。その遍歴をつれづれなるままに書き残しました

Fukui