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和真クリニック  自立自尊の健康人生

武術との出会いと遍歴
医師免許をもった私がなぜ武術に興味を持ったのか。その遍歴をつれづれなるままに書き残しました

「武術との出会いと遍歴 その3」全人間的復権から全人的医療

 もうしばらく、医学関連の流れの話しを続けます。

 それは、私が武術に興味を持ち、その稽古をしているのは、決して武術をするためにしているのでは無い、あくまでも自分自身の人間の能力を引き出し、治療の精度を上げるためであり、本来医療とも治療とも思われない事を私が治療、医療と関連ずけ、利用している所以およびそこに至る過程を提示出来るものと思うからです。このことは、武術の稽古仲間にも、なかなか分かってもらえない事のようです。もちろん、それなりの方には理解して色々と教えてもらってはいるのですが。ただ、武術というと何か一般の世界とは、全く別の世界、ましてや治療・医療とは全く関係ない。あっちはあっち、こっちはこっちで、別の世界であり、関係ないじゃないと思われてしまう。否、その前に、そういわれる事を自分で予測して、これまで自分で公にはしないできたことです。一方、稽古仲間にも、なぜ、私が武術に興味を持ってそしてやっているのかの説明するのにもいつも苦労するというか、説明しようにも、なかなか説明出来ずにきたところだからです。ややもすると、医療の世界では、独自の世界で福井ワールドであり、オーソドックスの治療、医療とは異なると太鼓判を押されております。

 「全人間的復権」ということから、
「バリント療法 全人的医療入門」監修 池見 酉次郎 編集 永田勝太郎 

を知ることとなる。

バリントは、一般の開業医を訪れるありふれた病気の患者の多くは、医師が与える薬に寄ってでは無く、「医者という薬によって治る」と、そして、開業の立ち場こそは全人的医療の実践に最適の場である。という当時の私にとって魅力的なことばが書かれてあった。

 池見先生は日本に心療内科というか心身医学を導入された先達であり、その弟子、教え子が永田先生であり、心療内科という分野に目を向けることとなった。

そして、この永田勝太郎という先生は、私の出身大学の先輩で、同じキャンパスで共に学んだ方であった。

心療内科医をやっている中学時代の同期で唯一の悪友が、福島県の会津の病院で一緒に働いたことがあり、その人となりを聞くことが出来、「けんか勝太郎」という異名にもあこがれ、非常に興味をもって関連図書を漁ることとなった。

 心療内科という分野に接し、これまでの単なる身体医学と異なる学問分野があることを知り、うれしくなった。きちんとした学問分野として専門領域がある。その中に、自分が知りたい事(氣力、意欲、自己治癒力の発揮のさせ方)の具体的な方法方策があるだろうと期待に胸が膨らんだ。

 心療内科入門 末松弘行監修 野村忍編 より、どんなことなのかを少し引用してみます。

「心療内科が実践しようとしている心身医学とは、病気の身体面でのデータを十分に踏まえた上で、これに影響している心理・社会的な因子の役割を正しく評価して、病人全体を総合的に見ていこうとするものです。つまり、病気よりも病人をみる全人的医療を確立しようとするものです。」

その基本的治療法の1つとして、簡易(一般)精神療法というものがあり、受容(accept)、支持(support)、保証(reassurance)の3つを原則とした心理療法があります。

 受容とは、患者の訴えをそのまま受け入れて傾聴することです。

 支持とは、患者の気持ちを外から支えてやることで、「必ず良くなりますよ、,,,」ということを繰り返し述べて励ますことであり、この治療者の態度と言葉がバリントの言うところの『薬としての医師」の役割を果たし効果を発揮するのです。

 保証とは、患者の訴える心身症状の成因についてその発生病理を説明し、合理的な治療を行えば必ず症状は好転するものであることを伝える事です。

 確かにそれなりになるほどと最初は思ったのですが、ただ、実際の臨床の場面で本当に悩み苦しみその深淵に陥っている人と付き合っていると果たしてそれでいいのかなと思わざるを得なくなった(最初は明確には意識して自覚はしていなかった)。

 現実に苦しみ悶えて来る方に相対して、自分が味わったことも無い辛い状態、状況についての訴えをそのまま受け入れて、傾聴するなんぞということが出来る分けが無い。話しを聞いて、その辛い状態(たとえばかゆみによる不眠、搔き壊し、顔叩きなど)を私なりにこういうことかなと受け入れることは場数を踏んで多少それなりにまず受け入れることも出来るところもあるが、それを半端ではない生き地獄という途中過程があり、うまくいけば抜け出せる場合もあるがそうでも無い場合もあることを目の当たりにし、実感していることを、そうそう安易に一個の人間として人に支持し、ましてや保証なんぞ出来るか! 

皆その保証を求めてすがってくる。そんな人達にただ安易に傾聴し、支持し、保証なんか出来ない。そんな甘っちょろいことで抜け出せるものも抜け出せないと思うようになり、知らず知らず、へそ曲がりになり、そんな並大抵のことでは無いこと、覚悟を決めない限りは抜け出せないことをこんこんと意地悪く説くようになった。自分自身の力に自信を失い、自分を信じられず、人の保証を求め、人に依存し、ただ頼ってくることに腹だたしさ、いらだちを覚えるようになった。ある面人間が陥る当然の結果ではあることはわかっていても、そんな人達に対して。そして、自己責任において、自己治癒力を発揮し、自力で抜け出していくことの手伝いが効率よくうまく出来ない自分に対して。

武術との出会いと遍歴
医師免許をもった私がなぜ武術に興味を持ったのか。その遍歴をつれづれなるままに書き残しました

Fukui