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和真クリニック  自立自尊の健康人生

武術との出会いと遍歴
医師免許をもった私がなぜ武術に興味を持ったのか。その遍歴をつれづれなるままに書き残しました

「武術との出会いと遍歴 その7 身をもっての学習法:教育動作

しかし、なにか物足りなさを感じて、他の臨床動作法の研修会、勉強会を探していた。横浜動作法研究会というのが定期的に開催されている事を知り、そちらに行ってみた。吉川吉美先生が教えられており、そこに集まる人達も医師、臨床心理士、教育関係者、その他の人達で、毎回学ぶことも異なり、身体全体に対してのアプローチ法を学ぶ事となった。その中でも、顔への動作法は非常に気持ちよくついうとうととなるものであり、自分でもその応用として、クリニックに来院させるかゆみ、痛み、つらさで夜も眠れず寝不足状態で来院される方達に、宇宙工学に基づく−6度の無重力(に近い状態にする)ベットで横になってもらいながら、顔への動作法を実施し、15分間入眠あるいはリラック等ゆっくりしてもらっていた。

当時の応用としては、精々そんな程度であったが、既に下記の様な対象に臨床動作法は用いられ応用されていた。

対人恐怖・うつ病のひと、精神分裂病(現、統合失調症)のひと、ヒステリー症のひと、抑うつ神経症のひと、過食・拒食に悩むひとそして、高齢者援助における臨床動作法として、災害被災の高齢者、脳卒中後後遺症の高齢者、脳血管痴呆(現、認知症)の高齢者、老年性痴呆(現、認知症)の高齢者(臨床動作法の基礎と展開:日本臨床動作学会 編著)。

この時は、精神疾患並びに、この後半に書かれている高齢者に対して、自分が関わるようにはなるとは、露とも思いもしないことであった。確か2,3年その横浜動作法研究会にお世話になっていた。2003.10.17-18の両日に横浜シンポジアで、行われた平成15年度 第11回 日本臨床動作学会でのシンポジウムの司会を仰せつかった。

そのシンポジウムで出会った御仁が後で大変世話になり、現在の私の「からだ(身・心)全体のリハビリ」治療の元となる教育動作の創案者である菱沼昇一氏である。氏との出会い、印象、実際に毎週欠かさず研修会に参加させてもらっての感想などは、

「すべての人への教育動作 頭内・身体に基点をつくり、なめらかな動きでこころと体を整える 菱沼昇一」

の234頁以降8頁に渡って「菱沼昇一氏との出会いとその実践の意味と言うことで、書かせてもらっている。

最初、研修会に参加して、それまで学んだことを子供達に対して、好き放題、自分なりに色々と子供達相手に試行錯誤が出来た。がしかし、それまで他の研修会に集まって来た者同士で研修として学びやってきたことでは、まったく歯が立たない。それで、その指導法の基本であり、確立されつつあった基点つくりからの指導を学びはじめた。その氏を一言で言うと多動成人であり、研修会で学んで次の週に行くと、必ず前の週よりもさらに色々と発見、発案して進化していて、決して同じ所にとどまっていない人であった。

また、一見同じ手技方法を行っているようだが、その効果、成果は月とすっぽんであり、氏が指導している多動、自閉の子を受け次いて、私も同じようにやろうとするのだが、まったくその落ち着き具合、安心具合が違うのである。それまでじっとおとなしく指導を受けていた子供達がじっとしていられなくなるという体験、経験を積めば積むほど、研修に行くのがイヤになり、研修に行く気力意欲も失せて休もうかと思った日もあった。が、それでも気力を振り絞って出かけていくと何かつかめた気がして意気揚々と帰って来るということの繰り返しであった。

この教育動作の研修会にその後も通い続け、氏が小学校の校長を退職すると共にボランティア的にやっていた研修会を退職後の仕事としてはじめるようになり、そして、その後、和真クリニックで月1回の指導することとなり、現在に至っている。

菱沼氏の子供達から学ぶ姿勢、学習意欲はすさまじく、また、感覚、感度もやはり桁が違い、いつまで経っても追いつけない。が、こちらもそれなりに氏の進歩に引きづられて、多少は感覚、感度、レベルが多少はアップはしてくるのだが、氏の進歩のスピードにはとても及ばない。

 

それ故に、同時並列的に興味をもって自分自身の感覚、機能、能力を引き出したい、活性化させたいという思いも重なり、やり始めたのが、武術であった。

武術との出会いと遍歴
医師免許をもった私がなぜ武術に興味を持ったのか。その遍歴をつれづれなるままに書き残しました

Fukui