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和真クリニック  自立自尊の健康人生

武術との出会いと遍歴
医師免許をもった私がなぜ武術に興味を持ったのか。その遍歴をつれづれなるままに書き残しました

「武術との出会いと遍歴 その8」不自由な身体の気づきと気への関心

 時系列的には、教育動作を学びはじめた時よりは、過去にさかのぼるが、天風会の修練会に参加してやっと気づき始めたことがある。

 安定打座を行う際には、、胡座で、それなりの姿勢をとるのだが、長時間自分がその姿勢を維持できない。腰から背中にかけて辛くなり、同じ姿勢を保持、安定出来ない。

また、養動法でも、腰、ひざ、足首がスムーズに動かせない。左右差があることを、身体を用いての修練を通して思い知るようになる。

ある面自分は若くては健康で、まさか不自由な身体だなどという認識は、それまで全く無かった。

その新たな認識に至ったのだか、教えられた事を元に繰り返し練習していけば、いずれは次第に変わっていけるのだ。根気よく繰り返しやっていけば、新しい能力、機能が付加されてくるのだと、思い違いをしてしまった。そして、自分の機能、働きが、不足しているという認識の元、ない能力、ない機能、知らない技術、ノーハー、技を新たに付け加えれば良いと、その後もイソップのカラスと同じ事をし続ける事になる。

学ぶとは、教えてもらえるもの、頭で理解すること、情報、知識を得て蓄えるという認識しか出来なかった。

と、いうかそういう風に教育されてきていた。と、いうことさえ当時は気づかず一所懸命やっていた。

天風会に入り、ある面自分の求めている健康観とこれまでにない人間観とその実践方法を得て、心身両面において、自分もそうなりたいと思っていて、天風会を介して人間関係も広がった。

そして、その仲間と共に、日常生活の中で、その教えを実践していた。

杉山会長が亡くなる前後辺りから、天風会関連で、活躍している人たちの話を聞く機会もあり、その人達の活動並びに書かれた書籍も目に留まるようになる。

その中で、天風先生と出会い天風先生の教えを生かして活動している人たちがいた。特に魅力的に思えた人物が二人いたが、その二人とも合気道関連のかたであった。その一人が、気の研究会の藤平光一先生という方でおり、合気道の指導とは、ちょっと異なる心身の使い方、手当てのセミナー?講習会が栃木の静かな環境でそれなりの施設で、教えていて、学びに行ったが、地理的に遠方でなおかつ交通の便も良くなく、更に私自身の受け皿がまだ出来ておらず、結局はそれっきりになってしまった。曲がらない腕も何とはなく理解出来、中途半端には出来るのだが、その意味を真に理解できるレベルではなかった。

しかし、その実現していることには、相変わらず興味があったので、あるパーティーで「気」を使う達人がおり、そのデモンストレーションを見て、そういう世界もあるのかと思い興味を持ち、その方のセミナー、指導会に何度か参加させてもらった。

確かに、他の人たちの変化を目の当たりにして、その威力、パフォーマンスはあることは分かった。が、自分自身の身体および感覚には、何ら変化はなく、次第に興味を失った。わたしも、誰がなにをどういおうが、自分の身体を通して実感しないことはそれ以上興味が続かない科学的実証主義者にはなっていた。

それでも「気」と言うことには、興味があり、異業種交流の会で知り合った方も、「呼吸と気」という事で呼吸法から「気」の操作へとその道筋を見せてもらい、何度かその稽古会にも参加させてもらい、やはり天風先生の教えも共通していることもあり、フェルデンクライスボディーメソッドも、修められており、私も当時、学んでいた臨床動作法とも相通じる所もあり、しばらく縁を持たせてもらった。

武術との出会いと遍歴
医師免許をもった私がなぜ武術に興味を持ったのか。その遍歴をつれづれなるままに書き残しました

Fukui