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和真クリニック  自立自尊の健康人生

武術との出会いと遍歴
医師免許をもった私がなぜ武術に興味を持ったのか。その遍歴をつれづれなるままに書き残しました

 「武術との出会いと遍歴 その9」西野流呼吸

そのほかにも、医療気功、中国の気功などの講演会、セミナーなどにも参加した。

しかしながら、身を持って実感、納得、満足は出来ず、更に図書を漁っていて、西野流呼吸法を知ることとなり、関連書籍を数冊読んで、大学の先生、企業のそれなりの立場の方の話なども書かれてあり、練習会の場所も渋谷だったので、体験を経て入会した。

すぐにでも、西野先生との対気を受けたいと思ったが、その前に、呼吸法の練習と指導員との対気を週一度一年間しないと、西野先生との対気は出来ないという事で、西野先生との対気を楽しみに一年間通った。

その中で、またまた、自分の身体の不自由さを実感することとなる。

その呼吸法は身体操法と呼吸法の合わせたもので、リラックスと呼吸調整能力をつけるのにはなるほどよい練習と思い、自分なりに取り組んだ。

そして、ある時期から、指導員にも色々なレベルの人がいることが見えてきた。道場に指導員が数人並んでいるところで、対気をしたい指導員の前に並ぶのだが、明らかにその人気に差があるのだ、私は出来るだけ多く体験、経験をしたかったので、人気のない(並んでいる人が少ない指導員の前に並んだ。

それで、対気では、確かに違いがあることが分かった。人気のある指導員は、その動作が柔らかく当たりは、少ない。

そんな気づき中で、比較的柔らかな指導員と対気をしていた。右手と左手と両方するのだが、左手で対気する際に、物凄い違和感、疲れ、つらさを左肘、肩に感じた。

お互い半身になり、その体の正中面で相手の手と自分の手を交差させて接触させ、その手を介して対気をするのだが、指導員の手が正中面から外れていて、それに自分の手を合わせていた。相手は指導員なので文句をいうわけにもいかず、自分の方で左右のズレ、ブレを修正して、やっていた。簡単に修正できると思ってやっていたことが、意外に肩肘張って頑張ってしまっていることに気づいた。楽に力を抜こうと思って努力するのだが、楽にしようと思えば、思うほどつらくなった。

まず、自分の不自由さ、ちょっとの差がすごい違いになることを体験した。当時は、そんな程度の認識と自分の身体の不自由さ、融通の利かなさの実感を得た。

それでも人気の高い指導員の所に行くと楽に出来る。

一度そういう目で指導員、自分をみるようになると色々と気づくことがあり、面白くなってきた。

動きのスムーズさ、硬さ、柔らかさ、体重移動と手と足の動きのバランスなど次第に細かいところ、全体の流れの有無に目が行くようになった。。

そして、いよいよ一年の年季が明け、西野先生との対気が、解禁され、西野先生との対気を体験することとなる。

他の長年やってきた練習生の中には、跳びはね、駆け回り、中には壁まで駆け上ったり、踊ったり、半端ではないパフォーマンスを繰り広げる人たちも結構いる。

いよいよ、待ち望んだ、対気となった。

??!

押されて後ろに二、三歩は下がった。

が、それだけだった。

あれ、あれあれー

派手なパフォーマンスをする他の人たちとは、まったくちがう!

でも、それは私の練習不足のせいであり、私の呼吸および身体がまだ目覚めていないのかなと思い、さらに半年位は続けた。重心移動などの滑らかさ、左右の重心の偏りなどいくつか改善できた点はあったが、西野先生との対気は相変わらず、

あれ、あれあれー

の状態で、結局はその後行かなくなった。

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医師免許をもった私がなぜ武術に興味を持ったのか。その遍歴をつれづれなるままに書き残しました

Fukui