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和真クリニック  自立自尊の健康人生

武術との出会いと遍歴
医師免許をもった私がなぜ武術に興味を持ったのか。その遍歴をつれづれなるままに書き残しました

「武術との出会いと遍歴 その8」 いよいよロシア武術「システマ」

やっと、システマに辿り着いた。

先に書いた通り、システマが一番長くやっているはずだが、もう既に最初なぜ、どうして、どのタイミングで始めたのか記憶の彼方に行ってしまっている。

しかしながら、思い返してみると、システマの日本人の公認インストラクターとして二人目の北川さんと出会い、誕生日が1日違いでもうすぐだと話ながら帰ったこと、そして、その北川さんと日本にシステマを持ち込んだ二人の外人のインストラクターの3人で初めて新宿の朝日カルチャーでシステマの講座が始まった最初のシリーズには参加したことを踏まえると、初めてシステマに参加したのは二〇〇八年(平成二〇年)5月頃と思われる。

あれ、まだ、四年しか経っていない。もっともっと長くやっているような気もする。でも、そんな物のようだ!

そして、なぜシステマに興味を持ったのかも、多分、以下のような経緯だったと思う。

塩田剛三、岡本正剛氏の動きを動画などをYouTubeで検索して見ていて、海外で行われた合気道の大会で、システマのブラディミア師の多人数がけの動画をみて、まったく無駄の無い柔らかな動きを見て一瞬にしてあこがれを持ったのが始まりだった。

それで、当時は東京近辺では上記の3人(2人?)がやっていたシステマジャパンの練習に参加することとなる。

が、私が参加した時には、既に何年かやっている先輩達、それも非常に熱心な人達で、レベルも意識の持ち方も違い、何度かというか、数ヶ月戸田公園の芝生の上での練習に参加したが、未熟な自分にはかなりきつい、実際身体面に無理負担が加わり、ここでの練習はきついなーと思っていて、通常のトレーニングの後に、北川さんが初心者用のレイトクラスもやってくれていて、そのクラスにも参加していた。しかし、北川さんも次第に自分の仕事、インストラクターとしての活動が忙しくなり、通常の練習後の初心者コースが休みがちになってきた。そんな時に、ちょうど、IiT(インストラクター イン トレーニング)の資格の方が新たに東東京システマ練習グループを立ち上げると言うことで、参加人数もまだ少ないと言うことで、私の性癖にもマッチしそちらに毎週火曜日の夜、参加するようになった。

東東京グループでの練習は、当初は私とマンツーマンでの練習と言う状況で、それだけに、私も1日も休まず毎週練習に参加した。

そのうち、次第に3人、4人、5人と仲間も増え、練習をして行くこととなった。

また、北川さんも自分のインストラクション活動を開始し、先の朝日カルチャーでの活動、そして、別に会場を確保して飯田橋クラスを開講し、そちらでの活動を活発化させていった。

その後、システマの基本的な練習を紹介するDVDや日本人による日本語初のシステマ教本を発表するようになる。

4つの原則が生む無限の動きと身体 ロシアンマーシャルアーツ システマ入門

ストレス、パニックを消す!最強の呼吸法 システマ・ブリージング

ロシア式軍隊格闘術 システマ入門 VOL.2ストライク編 [DVD]

北川さんの活動はドンドン活発にそして広範に広がって行っていたが、当時は、東東京の方で、ほぼ、マンツーマンあるいは少数での練習で、その少数さが気楽で通っていた。北川さんの方にも出たい気もしたが、練習日が同じ火曜日で重なっていたので、東東京の方にずっとある時期まで通っていた。

そんななかでも、北川さんの飯田橋クラスも火曜日だけで無く、木曜日も始まり、また、朝日カルチャーでのクラス(金曜日の時)もあり、参加出来る時にはそちらの方に参加してみた。

それぞれに雰囲気が違い、参加してみたい気持ちにもなったが、ある時期までは、メインはあくまでも東東京グループでやっていた。

ただ、その中で、色々と手取り足取りと言う程丁寧に、親切に教えてもらうのだが、それまでも、天風会、西野呼吸法で自覚し始めた自分自身のからだ(身・心)の不自由さをやればやるだけ感じて、感じれば感じるだけさらに悪循環に陥るというか、悩ましくなる自分がいた。

練習仲間も出来、教わりながら、多少少しずつは出来る事もあるのだが、でも、やればやるだけ、どうしても自分の不自由さが逆に目に付き、悩ましく、辛い状態であった。もちろん、仲間と共に練習し、その後のイタリアレストランでの会食など楽しいのだが、だが、なぜ、何のために、やっているのか。当初の目的からするとなかなか満足出来ない自分がいた。

武術との出会いと遍歴
医師免許をもった私がなぜ武術に興味を持ったのか。その遍歴をつれづれなるままに書き残しました

Fukui