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和真クリニック  自立自尊の健康人生

武術との出会いと遍歴
医師免許をもった私がなぜ武術に興味を持ったのか。その遍歴をつれづれなるままに書き残しました

「武術との出会いと遍歴 その19」
たくみの会を知った経緯とその意味 コウモリとコストパフォーマンス

医者になるために、医学を学んできたが、基本的には同じ機能、能力をもった人間をその視点、視座の違いから見てそれぞれの解釈と介入方法により、専門分野に分かれていく。

人間に対して、基本的な解剖学を学び、生理学、生化学、薬理学、そして、内科学、外科学、精神科学と各分野に分けて学び、さらに年齢により小児科学、思春期医学、老年科学、そして、対象により身体医学、心身医学、精神医学と各観点から見て学んで来た。学ぶ時もそうだったが、実際に一人の人間に相対する際にも、そのいずれかの分野からの視座でしか介入出来ないのが現状であった。身体分野専門、精神分野専門、そして、その間、ハザマ、両者を扱う心身医学分野とおよそ3つに分けて、それぞれの専門家がいる。そして、さらに、身体分野は頭は頭、脳科学、心臓は循環器、神経系は神経系で脳神経、末梢神経専門にさらに分化していく。

これまで私は、自身自分の目指したいことを目指し、その時々で縁を頂いた人達、影響を受けた、教えを受けた人達もプロになればなるだけ、そのテリトリー、守備範囲、土俵、フィールドが決まっていた。また、プロ、専門になればなるだけ、その分野に限定して、他のことは別世界で口を挟まないというのが原則であった。

身を介した心理療法という元々はそれまでの心理学からは異端とされながらも新たな分野を切り開いてきた動作法の専門家も、それなりの種々の職種と立ち場の人達がいたが、その先人たちもやはりそれなりの専門家となっており、私からすると鳥と獣に分かれており、私はやはりどうしてもコウモリであった。

心身医学、心療内科あるいは総合診療科と言われる分野に関わる人達とも一時期多少の縁を得たことがあり、基本的には心身の相関を研究し、実際に苦しんでいる人達に役立てるという名目で成り立つ学問と医療分野のはずであったが、私から見ると結局は薬物療法のおまけに何かやるという感じで、一時は同じ考え、仲間がいると思って喜んだのだが、その後は、やはりコウモリになってしまった。

精神疾患も歴史的には精神力動学から精神分析学として、心を心のみで言葉で扱う分野もあったようだが、現代の国民皆保険下の現代医療では薬物療法あるいは電気けいれん療法で、急性期をしのいで後はその人自身の能力を引き出すことを時間と人手・労力を掛けてやっている暇は無い。

でも、それでも実現しなければならないのは、やはり、その人達一人一人の能力を簡単に見限らないで、認めて引き出すことだとコウモリの私は思うが、やはり、コウモリの戯言であり、コウモリは薄暗いなか、秘めやかに、ひっそりとコウモリの活動をするしか無かった。

また、世間的にもそんなコウモリの活動に興味を引く人はまれであり、ましてやそれが医療とも思われもしない。

身体的不自由を抱え、精神的未成熟なコウモリの私にとっては、武術とりわけ、システマ、半身動作研究会は最初は身体操作、身体扱いをうまくしたいということで始めたが、やはり、からだ(身・心)全体の機能を引き出す学習の場であり、私にとっては医学、医療の実践の基礎勉強と捉えている。が、武術として取り組んでいる人達からはやはり私はコウモリであるようだ。その点、たくみの会を知った当初からこれまでの実績を一々持ち出し、説明しなくても良い、志を同じくする仲間だと当初から思い、非常に嬉しく、ワクワクした。それで、ネット会員専用ページの白神先生のこれまでの遍歴、その時の気付いて、実践してきたことなどを綴った「からだマネージメント記」をはらはらドキドキ、ワクワクしながら読んだ。

システマをはじめた際のあこがれのシステママスターのブラッドさんのセミナーがシステマをはじめてしばらくして2009年に有り、そのセミナーに勇んで参加した。マスターのセミナーだけあり、当時は誰が誰だか分からなかったが、日本のシステマをやっているそうそうたる方々も多数参加していた。その時は誰が誰かも分からず、また、人見知りの私はひっそりとデモを見て、課題を周りの人とおそるおそるやっていた。そして、一つ目の思い出は、手を上げながらリラックスして走るシステマのウォーミングアップ的なランニングの時にブラッドさんから声を掛けられ注意をされたことは覚えて居る。が、手を高く上げろと言われたのか、頭を上げて、姿勢をキープするように言われたのか、その内容に関しては覚えて居ない。

そして、もう1つだけ覚えて居たのは、普段はゆっくりやるシステマの練習だが、特別にということで、実戦に即したショートレンジからの攻撃に対しての必要最小最低限の動きで目にもとまらぬ早業で相手を制圧する、当に秒殺するデモを見せてもらった。当に目にも止まらぬ早さで、凄いなと言うことはその時もみて分かったが、結局、甲野先生の時と同じで、とっかかり、手がかり、足がかり、実感が得られないまま終わってしまった。勇気を鼓舞して、実際にブラッドさんに向かって行って崩されるなり、ストライクを入れられるなりの体験をしたら、それなりの思い出が強く残りまた何らかの手がかりを掴んだのかも知れないが、それは後の祭りであった。

また、別の機会に他のシニアインストラクターの方の時も参加したのだが、その親睦会に大勢の中の一人として参加した。そして、最後に一人一人そのインストラクターに対して、なぜシステマをはじめたのか自己紹介あるいは聞きたいことを聞く機会があり、皆一人一人自分で英語で、あるいは通訳をしてもらいながら、話をし、質問をしていた。私も最後の最後の方になり、自分なりにシステマをはじめ、システマに求めていることを何とか伝えたいと思い、話をしたのだが、通訳の方がこいつ何を言いたいんだという感じで、通訳に苦慮し、苦虫をつぶした様な状態であった。インストラクタの方はそれでも話を聞いてくれ、何か答えてくれたのだが、これも記憶には残らなかった。

ただ、やはり、システマをやっている他の人達とは自分は違うんだと、思い知った。大勢の中の一人であり、また、コウモリと思った。

その点、半身動作は人数は極々少なく内輪でそして練習課題もはっきりしており、静的であり、私でも課題を課題として受け止められ、練習しやすく、また、分からなければ分からないなりに聞いては、試行錯誤出来、ワンテーマが決まっており、繰り返し同じテーマ(観点から)からだ(身・心)の使い方、おもしろさを学ぶ事が出来、同じ課題でも稽古内容を深めていくと言うことも学べ、非常に私自身の稽古としては有り難い環境であった。そして、こんな私がコオモリであることも理解し、受け入れて好きにさせてくれてくいた。

お陰で、私も次第に人が大勢いてもそれなりの練習の輪に入り、システマでもそれなりの練習が出来るようになって来ていたが、それでも、課題がドンドンすすんで、スタティックな練習課題から、身体全体を用いたダイナミックな動きの練習課題になるとどうしても、力み、固まり、居着いて、練習課題を課題として受け止められず、いつも途中で急に次元が高くなり頓挫してしまっていた。

その点、たくみの会のセミナーは人数は限定されており、練習課題はきっちりと提示され、また、そのビフォーとアフターでチェック出来、その原理も説明をされ、実際に白神先生自ら実戦され、一人一人に身をもって味わわせてくれ、実感することが出来る。また、練習の質を高めるような注意と気づきも其の都度与えてくれる。

押しつけるのでも、教え込むのでも無い、自分で気づけるような体験をさせてくれ、自分で気づく場を与えてくれる。

理に添わないことをいくら無理矢理力づくでやっても、下手がうまくなるだけであり、1cmでも、1秒でもきちんと課題が出来なかったら、無理は無理と判断するのが練習であると身をもって教えてくれ、それまで、むやみやたらに力業でへとへとになるまで、下手になる練習をしていたことを身をもって教わり、その後、半身動作でも、システマでも相手との関係性の変化を、ほんのわずかの距離の変化、短時間でも感じるように自分の感覚と判断の仕方が変わり、システマでの練習、半身動作研究会での稽古の質が変わり、何よりも、やっている内容課題を受け止められるようになり、そして、それを一晩寝て、寝かせても、翌日でも練習の流れを思い出し、自分なりにその課題にどう取り組みどうだったのか記録出来る様になった。否、覚えるとか覚えないの問題では無い。自分自身の体験を、自分の身体で、一晩発酵させられるようになった。

それ以前はまず何のためのどんな課題なのかも覚えて居ず、忘れてしまって、書き出すことは困難な状態であった。システマ東東京グループでは、練習仲間が良く詳細にその日の練習内容と感想をMiXIにアップしていて、良くそんなに覚えて居るなーといつも関心しうらやましく思っていたことを思い出す。

たくみの会と出会い、私自身これほど自分が求めているものとオーバーラップするものはこれまでなかったと思っていた。当初はオーバーラップしている部分が多いという認識であったが、その後たくみの会のセミナーに参加し、白神先生の人となり、そして目指すものDig up!を知れば知るほど、私の方が包括されている状態であることを思い知るようになった。

昔から武術の達人は活殺自在と言われているように、その域に達した人、達人は癒やすことも出来たようだ。

その達人を育成するのがたくみの会の目的であり、私の目指すところも自ずと包含されていることに最近やっと気付いた。

武術との出会いと遍歴
医師免許をもった私がなぜ武術に興味を持ったのか。その遍歴をつれづれなるままに書き残しました

Fukui