mmaclinic

トップページ

診療案内

健康教室

笑いについて

セルフケア

院長紹介

fukuia
和真クリニック
からだ(身・心)全体ということ

 身体全体のことを、ここではわざわざ「からだ(身・心)」と表現しています。

私たちは、身体を部分に分けて、頭、頸、胸、お腹、胴、腰、背中、お尻、脚、脚、手首、肘、肩、股、膝、足首といい、その中でも四肢の先端部分を手と言ったり、足と言ったりします。他の動物は脚と足しか有りませんが、人間では前足が手に、前脚が腕になりました。

item2

自在に扱うことを「手足のように扱う」またはある人の思い通りに動く者を「誰々の手足となって働く」と表現したりします。
さらに、技芸などのその道に熟達していること。あるいはその人のことを「手足れ、(手練れ)」とも言います。

普段の日常生活上では、私たちは手足を身体の一部とも思わず、一々手を使う、足を使うぞと意識して、使ってもいませんが、自由に、自在に、使えると思って過ごしています。

そんな中で、さらに、右手、左手とも分けて言う場合もあります。そして、右利き、左利きという言葉もあります。自在に使えているという認識の中にも、さらに良く働き力の出せる方の腕が有るという認識です。

私もある時期までは、身体も、手も足も特に何の不自由もなく使えるものと思って暮らしていましたし、一々、こっちが右手、こっちが左手、そっちが右足、左足と区別して身体を使ってはいませんでした。手を叩いて音を出そうと思えば、両手が勝手に適当に働いて、適当なスピードで合わさって、音も勝手に出てくれます。

手も足も身体の一部分であることも確かです。手を叩いて音を出す時も手を使って音を出し、「手を叩く」と表現します。

item4item3

しかしながら、単に手を叩いて音を出すという動作も決して、手だけで済む話しではありません。手を打ち合わさることにはなりますが、それは結果です。

じゃー、身体のどこを動かしているのかというと、前腕です。でも、前腕だけかというと決して前腕だけでもありません。肘はもちろん肩、肩甲骨、肩甲帯、躯幹、腰、脚、足なども大いに働いています。すなわち、身体全体が連携して調和を保って働く必要があります。

「えっ! 躯幹も、腰も脚も、足も」と皆さん思われると思います。
手を叩く時には別に身体全体は関係ないと思われているかもしれません。

肉体の身体全体もさることながら、心は心で別で、さらに全く関係ないと思われているかもしれません。

item5item6item7

でも、学芸会その他で、タンバリンでも、トライアングルでも、シンバルでも大勢に見つめられて、それを叩くのは自分ひとりで、衆目を集めて叩かなければならないとなった時には、決して肉体だけの身体だけでは無く、精神的、心理的、心も合わせた身体、「からだ(身・心)」全体が程ほどの調和を保って程ほどに働かないとタイミング良く、音も良く、きれいには叩けません。

golfpat

ゴルフなどのコンペでも優勝が掛かったパットの際には、イップスに陥ることが知られております。プロゴルファーのトミー=アーマー(Tommy Armour)が初めて用いた表現といわれています。自分の考えている事が、体に伝わらなくなり、体が動かなくなったり、意に反した動きをしてしまう。自分が思っている身体(心)と実際の身体(身)のギャップが生じてしまう状態です。私はそのような状態を「身と心のかい離」と呼んでいます。すなわち、健やかな身体とは、からだ(身・心)全体が連携して調和を保って働く身体です。

肉体の身体部分でも、いつも使っている部分は鍛えられ、より働きやすく使い易くなって行く「磨かれる部分」(元気部分)【活性部分】と、その反対に、使われずに働き難くなり「錆び付き部分」(しょんぼり部分)【廃用部分】とに知らないうちに分かれて行きます。

  genki020648 syunbori023213

磨かれる部分      錆び付き部分  
 元気部分       しょんぼり部分
活性部分         廃用部分

すなわち、肉体的な身体にも部分部分のムラが生じて行きます。
使えない部分は、次第次第に廃用部分として、筋肉は衰え、感覚も無くなり、使うに使えない状態に陥ってしまいます。
精神的な身体にも、同様に部分部分のムラが生じてしまいます。そして、そして、身体的な身体(身)と精神的な身体(心)とのムラも生じてしまいます。身心のかい離、バラバラ事件に発展して行きます。

item10

それが、ドンドン積み重なり、ムラが広がり、さらに使える部分に負担が掛かり、ますます頑張って使っていき、使えない所は益々使えなくなり、ムラの悪循環が形成されてしまいます。

そのようなムラの悪循環が生じて、進行していても、日常生活が成り立っているうちはよほどの事が無い限り気付かれません。というか下手をしたら無視されます。

しかしながら、そのムラにより、磨かれる活性部分は、無駄な努力と頑張りを強いられる。というかそういう努力の仕方しか出来なくなり。逆にその無駄な努力が努力感、やった感、満足感としてさらに悪循環の原動力ともなります。その部分は当然の結果、無理が重なり、凝り、固まり、歪みを生じ、違和感、痛みという身体の声を発するようになります。
一方、錆び付き、使えない廃用部分は、使いませんので、筋肉も細く脆弱となり、その身体感覚も鈍麻し、益々からだ(身・心)の歪みに拍車を掛けます。

item11

 

その悪循環が進行し、ある点を超えると、流石に自分自身でもあれっと思うようにはなります。身体は最初からその違和感、不調、歪みは訴えているはずですが、その身体の声に耳を傾けられなくなっている状態では、自分では気づけませんし、下手をすると指摘されても受け入れる事すら出来ない状況に陥ります。

そうすると身体的現状(現実)と勘違いしている身体(思考)との間にもかい離が生じ、違和感となり、さらには、漠然とした不安、心配、自信の喪失となり、さらにからだ(身・心)全体に影響を与えるようになり、やっとその人なりの訴え、不定愁訴となって行きます。
ただ、レントゲン、CT、MRI、血液検査その他の検査では特に異常が無いといわれ、思い込んでいる自分自身の身体と実際の身体のギャップに悩むようになります。実際に、からだ(身・心)全体の調子も思わしくなくなります。

でも、それでこそ健康です。

item8 item9


もし、ここで、心配も不安も無い、ぐっすり眠れて、からだ(身・心)も調子が良い、絶好調と思っていたら、それこそ異常です。不健康です。

何か漠然とした心配、不安、不眠、痛い、苦しい、疲れやすい等その他の不定愁訴を抱えて、自律神経失調症だ、肩こりだ、気のせいだと言われている人は幸いです。
とにかく自分自身のからだ(身・心)の声に耳を傾け始めているわけですから。

そんなからだ(身・心)の気付くきっかけ、見直すきっかけの1つとして、自分自身あるいは家族、知人、仲間と一緒に自分たちでそのムラの悪循環があるかどうか、さらにどれだけ陥っているかのムラ悪循環チェック方法(セルフチェック)をいくつか紹介したいと思います。

そして、そのような状態から本来の調和のとれた柔軟な機能、能力を回復するための一助、きっかけの1つとなるようないくつかの具体的な対処(セルフケア)方法も紹介して行きたいと思います。

 

初版2013.8.1 改訂2013.8.25 (C)2013 wasin.jp